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はてなを一週間ほど使ってみて、そちらへ移ることにした。
exciteのよさもいろいろあって捨てがたいのだが、一番決定的だったのははてなでは自分で書いた日記の内容検索ができるが、exciteでは題名検索しかできない点だ。人間は忘れる。何となく書いた記憶はあってもそれがいつだったのか思い出せないことがある。また、語句だけは覚えていても正確な内容を覚えていないこともある。 そういう時、内容が検索できるのは私にとって重要な意味を持つ。はてなでは不便な面もあれこれあるのだが、検索機能が最重要と考え、決めた。 はてなでのブログ名は ん窯の五郎 水天需録 これからもよろしくお願いします。
私のシェイクスピアの師が昨夜他界された。瞑目。合掌。
以前書いていたはてな日記の方でブログを書いてみようと思う。 不思議なことに編集画面が違うと書く側の気持も違う。今、ひとつの節目が来たと感じるのでその流れに身を任せてみよう。その先がどうなるかは蛍のいる川次第だ。取りあえず一週間ほどやってみて旅の風を見よう。
今日は土をブレンドしてみた。
先日買った唐津の赤土だけでは鉄分が多すぎるようなので赤津土と半々にブレンドした。削り味はあまりよくなかった。今日は乾きが悪く、無理矢理削ったからかも知れないが・・・。それでも、信楽や伊賀の土と比べると、砂気は多少感じられるのでまずまずといったところか?さて、焼いてみてどうだろう。 陶芸はまこと、天候に左右される職業ではある。 削り道具も5種類ほど試してみたが結局元の道具に落ちついた。もう少し乾燥がいい状態でまた試してみよう。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
気まぐれに夜の散歩に出た。
帰り道、ひとだけが渡れる橋の上で立ち止まって川の流れを見ようとしたら不意に視野の右上へと飛び立つものがあった。 最初は黒い影しか見えなかったが、向う側へ飛び去ろうとしたとき尾の光が見えた。 蛍だ。 瀬戸に来て初めて見る蛍だ。 ゆらゆらとゆらめきながら飛ぶ姿と、特有の光の明滅に神秘を感じる。特に今夜の蛍はただ一匹だけ不意に現れて、川を上へと遡って消えた。思わず、あの微かな光にひとの命が託されているかのような錯覚を抱いた。 消えようとするいのちなのか、生まれ出ずるいのちなのかは分らぬが。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ちょっと用事があって一色町まで行ってきた。
道すがら見るともなしに見ている眼に「えびせん」の文字が入る。そうか一色町はえびせんの町だった。TVでもやっていたような気がする。 というわけで帰りにえびせんを買う。たまたま立ち寄ったのが一色町から西尾市に入ってすぐの製造工場で小売りもやっているところだった。 中にはいると数え切れないほどいろいろな種類のえびせんが陳列されていた。係のひとから話を聞く。試食もできる。中にエビ味が抜群の商品があった。名前は「さゆり」。 徳用もあるという。ちょっと割れてしまったりして検品ではねられたB品だ。でも、味は同じだ。量は同じ値段で数倍は入っている。 迷うことなく徳用を買う。 ![]() 一枚は結構大きい。えびもしっかり姿のまま入っている。 ![]() ただ、問題は食べ始めると止まらないことだ。塩分摂取過剰警報発令中。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
午後は長久手へ。
まずは腹ごしらえ、と焼飯家へ向かう。駐車場に車が数台停まっているのだが何となくおかしい。玄関の張り紙で異変に気づく。2月で店をたたんでいた。ややや。 仕方なく近くのラーメン店でラーメンを食べる。美味しくもないが、まずくもない、と言ったところか。 お目当てはこれ・・・。 ![]() 子象使いの匠、増山文氏が象家で個展というギャグを実行した。今日は初日。 文氏の繊細な仕事に自分の至らなさを思いながら帰宅する。 ![]() う~ん、まだまだだな。次の窯で多少の改善が叶えばよいのだが。 そんなことを思いながらTVを見ていると、ますますTVの調子がおかしい。いよいよダメか? ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さきほど24時間ホルター心電図の結果を聞きにOクリニックへ行って来た。
心電図の結果は不整脈が少しでるくらいで緊急の問題はないらしいのだが、その辺がはっきりしない。問題があるのなら、これこれの可能性があるから・・・と明快に説明して欲しいものだ。また、大して問題がないのなら明るい調子で「問題ありませんね」と言って欲しい。 そのひと言を聞くために診察を受けているようなものなのだから。 診察室のやり取りは医者にとっては日常茶飯事でも、患者にとっては一生の一大事なのだ。 O医師にはその覚悟がないように思われた。まだ若いからだろうか。 群馬のY医院は待たされるので有名な個人開業医だが、それだけ人気があるには理由がある。患者へのことばがゆったり、やわらかで、しかも、明瞭で、こころを癒してくれるのだ。その会計を見ているKが、Y先生がもう少し速くしゃべってくれれば、あんなに混まずに済むし、診られる患者数も増えるのに・・・とこぼしていたが、ことはそんなに単純ではないのだ。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今回の焼成で一番衝撃が走ったのはこの湯呑(おなべふ茶碗)だ。
![]() これだけ見ると問題ないように見えるが、実は恥をさらけ出せば、この色は釉が剥げ落ちて出た色なのだ。ということは・・・ 釉はどこへ行ったの? 大澤社長、ごめんなさい! ![]() 藁灰釉は完全には融けていなかった。厚掛けすぎたか、温度が低すぎたか、調合で藁が多すぎたか、ちょっと変な景色になった。 柿の蔕茶碗の別なプロトタイプは土の鉄分が多すぎたか? ![]() ![]() 挑戦はつづく。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
炎見穴から崩れた茶碗が見えたのだが、開けてびっくり・・・器はすべて無事だった。
無事でなかったのは棚板の方だった。どうやら見えていたのは剥げた釉らしい。 いろいろと課題を残した今回の窯焚きだが、一番の狙いだった柿の蔕茶碗のプロトタイプ作りは一応成功した。 ![]() ![]() 釉薬は極めて単純で天然土灰のしゃびしゃび掛けだが、いい味が出た。 ぼてぼて茶碗、改め、恋茶碗は施釉後に外側の釉がすべて剥げ落ちたが、塗り直しが却ってよい感じになっていたので結果オーライということか。 ![]() ただ、そっくり再現するのはむずかしいかも知れないのでプロの仕事としては失敗だ。 また、明日から次なる焼成に向けて、頑張るぞ。次回は6月6日(金)還元焼成だ。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ふ~っ。何とか窯焚きを終えて帰宅。今風呂から上がったところだ。
今回は素焼きをしないで直接本焼に入ったのでおそるおそる温度を上げようとしたのだが・・・。バーナー一本なのに点火後あっという間に100度を越える勢いだ。火が消えないように見守りながらガス圧を下げる。それでも一時間後189度に達してしまった。5時間で300度(2時間半で150度)、という当初の目論見は端から挫折だ。 どうやら扉を1cmほど開けて始めないと無理らしい。 しかし、ここは大澤ガスである。社長は扉をしっかりしめなければいけない、という持論の持ち主だ。窯を借りて焚く身でそれに反するわけには行かない。 それを除けば順調に行った・・・と思う、いや、祈る。 というのは炎見穴からすでに崩れた茶碗が二つほど見えているのだ。 生掛けの成功率は8割と聞いた。今回60個焼くので12個は壊れる計算だ。おおらかに行こう! ひとりでの窯焚きに強い味方が現れた。これだ。 ![]() 小型DVD再生機だ。おかげでさほど退屈せずに過ごせた。ちなみに見ているのは「ラーメン発見伝」。 途中でNodchさんとWildTreeさんが仕事の帰りに陣中見舞いに寄ってくれた。ありがとうございました。 日曜が窯起こしだ。色味を見る限り施釉に問題ありだ。あまり期待はできないな。これも修業の一部だ。がんばれ自分。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
まずは施釉後の天日乾燥。
その間することがないので、Bamboo先生に分けていただいた(というより先生の在庫のほとんど大部分を頂いてしまいました・・・多謝)萩土を引いてみた。 肌理の細かな土だが、意外に粘り気のない土だった。砂気が多い割りに腰のある唐津の土と対照的だ。 優しい感じの器ができそうな気がする。 取りあえず、柿の蔕茶碗、井戸型茶碗、ぐい呑み、片口を引いた。 乾燥までの3時間が空いてしまった。この間加子母で買ってきたヒノキ材でコテを作る。のこぎりで挽いている時間が一番長く感じる。あとはディスクグラインダーのお陰ですいすい進む。最後にサンドペーパーを掛けて出来上がり。最後の調整はロクロで引いてみないと分らないので、それは後日の話。 萩土を削る。乾燥具合の見極めがむずかしい。縮緬がうまくでない。運がいいと唐津の土より細かい、いい感じの縮緬になるのだが、安定していない。修業が必要だ。 それから延々と荷造りだ。とにかく今回の釉は剥がれやすいので神経を使うことこの上ない。あまり繊細な神経の持ち主でない私にはまったく不向きな作業である。かなり時間を費やしてしまった。 大澤へ行くと運良く前のひとの窯出しは終わっていたので、すぐに窯詰めする。これも結構時間と神経が必要だ。 0.4立米の窯で素焼きをしている陶芸家としばらく話す。気さくな方で話が弾んだ。芝居もやっているひとだった。何となくそんな感じがしたのだ。同業は匂いで分る。 やっと帰宅できた。 明日は朝一で窯焚きに入る。うまく焼けますように! ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
夕方、雲行きがちょっとあやしい。屋根に干してある器を取り込む。
今はまっている飲みものが二つある。
まず一つめは西尾市で買い求めた抹茶だ。 ![]() 香りも味も伝わらないのが残念でならないほど美味しい。 二つめはこれだ。 ![]() えっ、味醂をのんじゃうの? と疑いのまなざしをこちらに向けた方がおられるかも知れないが、さにあらず。 今週の鉄腕ダッシュの「ソーラーカーだん吉」で愛知県碧南市は本みりんの生産地であり、上質の三河本みりんは江戸時代高級酒として愛飲されていたと紹介されたので、さっそくア▼タで購入したのだ。 長瀬君もTVで反応していたが、実に甘い。 だが、左党ではない私にはなんだかドイツのアイスヴァインを飲んでいるような気分がして、なかなかよいのだ。 そのまま飲むとアルコール13.5%以上もあるので酔っぱらってしまう。だからオンザロックで半分に薄めて楽しんでいる。 本業の方は、今日はよい天気だったので、器をしっかり天日干しした。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
腰痛はあるものの、動けないほどひどくはなっていないので取りあえずホッとしている。
今日は施釉最終段階。 でも、午後になって天日干しの器の下に粉々になった釉があちらこちら・・・。4種類調合した天然土灰釉のうち2種類だ。やれやれ。 CMC入れたのになあ。足らなかったということか・・・。しかたなく剥げそうな部分は筆で軽く落として、釉を筆塗りする。南無三宝! 藁灰釉は今のところ大丈夫だが、大澤まで運搬する途中が心配だ。 さらに、しゃびしゃびの藁灰釉の上に鉄分を含んだ亀土(CMC入り)を筆に含ませてぴしゃ~ッと掛けた。絵的にはなかなかよい。気分よく休憩していると、あれっ亀土が全部剥げ落ちている! 嗚呼。今日は(いや、今日も)剥離の日だ。 どうやら亀土の組成に問題があるようで、土灰と半々に混ぜてもう一度筆でぴしゃ~っと散らしてみたら、今度はよいようだ。でも、明日になってみないと確実ではないから安心はできない。 実験の結果、この逆のパターンでやれば何の問題もないことが判明。つまり、亀土でぴしゃ~っ、乾燥したらしゃびしゃび藁灰釉施釉。これだと亀土が封じ込められいるので剥げない。 でも、順番によって亀土の鉄分の流れ方が違うはずなのだ。少なくとも以前、鬼板でやった結果、驚愕の差が出ている。そこで亀土を上に掛けたかったのだが・・・。 むむむ。では、鬼板にすればよかったのか? 鬼か亀か、それが問題だ。 どうも施釉していると精神状態が普通ではなくなってしまうん窯の五郎である。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それは朝起こった。
工房へ行く直前のことだ。 いつものように立ったままの姿勢でまずは左の靴下をはこうとしたら ピクっあれ?立ったままの姿勢で靴下をはければ腰の調子はよい。これは腰の健康のバロメーターなのだ。だから、今朝は、う~ん、ちょっと腰の調子が悪いかな、くらいに思って、右の靴下も・・・ ピッキ~ンっこれはまずい。完全にぎっくり腰の症状だ。 念のためにコルセットを締めて工房へ。 だが、下に落ちたものが拾えない。これはまずいぞ。金曜は窯焚きだぞ。それまでに直しておかねば・・・。 と、いうわけで今日の仕事はおしまい。午前の診療は終わってしまったので、午後水野接骨院へ行って診てもらうつもりだ。 今はひたすら安静あるのみ。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
たまたま見たTVで西尾市は抹茶生産日本一ということを知り、今日は抹茶体験に出掛けた。
ネットで調べようとしたが要領を得ないので、取りあえず駅の観光案内所へ。 入って行くと、すかさず「抹茶を飲まれますか」の声が。ここでは無料で抹茶をサービスしてくれる。さすが、抹茶日本一の町だ。 茶園の案内図をもらい、適当に当たりをつけて出掛ける。 町からちょっと外れると茶畑が拡がっていた。道幅はかなり狭い。瀬戸といい勝負だ。至るところ茶摘み作業が行われているようだ。茶畑の道路脇は路駐だらけである。狭い道がさらに狭くなる。 やっと目当ての茶園にたどりつく。見たところごく普通の家だ。軒下に茶園の看板がなければとても扉を開ける勇気は起こらない。 中に入ろうとすると出てくる客とすれ違った。喜寿少し前くらいのご主人が対応してくれる。瀬戸のひとと同じでよくしゃべる。切れ目なくつぎつぎと話す。私の脳細胞は忙しく駆け回る。 ここは本当にお茶屋さんなのだろうか? 一連の話が一段落すると、ご主人は、氷水で入れた玉露を小さな茶碗に注いでくださる。 ほおっ、これがお茶!? 玉露は飲んだことがあるが、玉露の概念を覆すような味わいだった。 氷水で出せば6回は出るという。その後お湯で淹れればさらに楽しめるという。 濃茶も振る舞ってくれた。これもまたとんでもない味である。味に驚き、さらにそのreasonableな値段に驚いた。別なところで飲んだ薄茶よりも安いではないか。一体どうなっているのだろう? ![]() (缶のデザインは味とは裏腹に至ってシンプルである) その上、帰りがけに茶園で取れたというブンタンやセミノールまで袋一杯頂いた。後から入ってきた90歳のおばあちゃんにも渡していたのでここに来たひとみんなにお裾分けしているようだ。好感度がますます上がってしまった。 帰路、国道沿いの田圃は麦秋を迎えていた。 ![]() 帰ってから玉露や抹茶を飲むと眠れそうにないので、家で味わうのは明日のお楽しみだ。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
この前唐津から取り寄せた赤土を、はじめて使ってみた。
この砂気まじりの土味がたまらない。まだその気になって比べてはいないがもぐさ土といい勝負なのだろうか?もちろん、方向そのものが大いに違ってはいるが。 久しぶりにロクロを引いてDVDに落としたサスペンス(今日は「警視庁捜査一課9係」Season2)を観ながら乾くのを待っていると、なにやら聞き覚えのある声がする。 プラトン君、登場。 家業が忙しいのでなかなか外出もままならないそうだ。この陶芸不況の時代、製陶所が忙しいのはめでたいことだ。 訓練校同期の話などして楽しいひとときを過ごす。 器を見るとちょうど削り時だ。2時に作り終えて、3時間も経たないうちに削れる。気温が高いと乾燥はあっという間だ。 ![]() ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
昨日九枚並べて書いたパネルを今日、吊り具を工夫して吊した。
![]() ようやく「結界」完成だ。ThreeFieldsさんが見たらダメ出しをされてしまいそうだが、自分としては気に入っている。 反対側、ロクロからの光景はこんな感じ・・・ ![]() 13日にFAXで島根のDさんに頼んだ天然藁灰、天然土灰が昨夜、届いた。実に敏速だ。あまりに早いので宅急便の通知メールが来てもDさんからとは思えなかった。 今日はさっそく天然物で藁灰乳濁釉を調合する。灰釉も長石を変えて4種類調合した。しばらく放置してから施釉して、来週の窯焚きで試験する。 最近感じるのだが、ひとりでやっているとのんびりすぎるのか、ちょうどいいのか、よく分らない。もっとシャカリキになって二週間に一度くらいのペースで焼くべきなのか・・・。でも、今は、「焦らない、焦らない」と言い聞かせている最中だから、のんびりくらいがいいのだろう。 ああ、工房に窯があったらなあ。最近、しみじみと思う。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
工房へ着くと、とんでもない光景が私を待ち構えていた。
釉剥げ。長板一枚分、すべての茶碗の釉がなぜか外側だけ剥げ落ちていた。 ![]() 一方、二重掛けした方はというと・・・ ![]() 上に掛けた藁灰釉が内側も外側も見事に剥げていた。 ナンデこうなるの? そう言えばCMCを忘れていた。素焼きに掛けていたときにはこんなに見事な剥離は起こらなかったのだが、これが生掛けの難しさのひとつなのだろう。ブラシで慎重に残った釉を剥いで、試しにCMCを入れた釉を掛けてみた。今日帰るときまでは剥げ落ちたりはしていなかった。明日、どうなるかは分らない。 はて、さて、ここで施釉がうまく行ったとしても、大澤まで運ぶ道中が心配だ。それから、焼成がどんなことになるのやら、先が思いやられる。 そんな災難を吹き飛ばそうと今日はいよいよ結界作りの最終章だ。 まず、九枚のパネルを床に敷いて一気に筆を走らせる。 ![]() しっかり乾かした後、裏面にも書く。 ![]() 不満もあるが、一回こっきりの勝負なので、これが最良としよう。 あとはパネルを吊るだけだ。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今朝、大澤ガスへ行ってきた。来週はじめにも、と思っていたが甘かった。コンマ2立米が開いているのは23日が直近だった。
では、慎重に施釉をしていこう。昨日発注した島根の藁灰が間に合えば使いたいと思っていたがよく考えたら私の場合、藁灰系はほとんどRF仕様なので、むしろそれ以外を試した方がいいようだ。 松江のぼてぼて茶碗改め<恋茶碗>はかなり薄く引いたので灯油検品をした。嗚呼、不良品の山。 ![]() <おなべふ茶碗>は蝋で釉をはじいて亀土化粧を少し見せることにした。 ![]() ちなみに私のところでは<お>=おこりんぼ、<な>=なきむし、<べ>=勉強家、<ふ>=不良だった。地方によって違いがあるようだ。 その他あれこれ施釉したものの、よく考えてみたらRF仕様なので今回の窯の分をもう少し確保しなければ・・・。 などと思案していると見覚えのある車が日向見坂をゆっくり進んで行く。運転手がこっちを見ている。これまた見覚えのある顔だ。Nodchさんは来年弟子生活を卒業して独立するという。すでにいろいろなところで作品を販売しているのできっと将来計画も立てやすいに違いない。 私も頑張らねば。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
新潟の知人から毎年笹団子が送られるようになってもう20年以上経つだろうか。
季節の贈り物はことのほか美味である。それは笹の香り、もち米の食感、餡の甘味を備えたぜいたくな菓子を食べるだけでなく、時も食べるからだ。 ![]() いつでも買える菓子と違って旬の味はあざやかである。 どういうわけか今夜は特別にからだが甘いものを欲していたので、夕食後に測ったように届いた宅急便がうれしかった。 ごちそうさま! ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今日で結界作り三日目だ。
板に張った和紙が乾燥してパネルが出来たのだが、ところどころにシワがあるのが気になる。もう一度作り直す。二度目は要領が分っているので、正確、かつ、敏速だ。 なんではじめからこうにしなかったのか(これは上州弁、標準語ではこういう風にしなかったのか)と思うのだが、時間は非可逆だからそれは無い物ねだりというものである。 脱線。 時間の非可逆性(つまり、時の流れを逆流できないこと)のために人間はどんなに悩まされていることか。現代は、そういうぜいたくな思いがフィルムやヴィデオテープなどの出現により、不幸にも可能になってしまった時代だ。 その分だけ時の恵みを感じなくなったとも言える。 でも、時は誰にもひとしく流れることに変わりはない。栄耀栄華を誇るプーチンにも、ミャンマーのサイクロン被災者にも、たった今生まれた赤ん坊にも、息を引き取ろうとしている老人にも、まったく同じ時が流れる。 ハイデガーが言うように、死というおのれの将来へと先駆する能力をひとは持つゆえに、不安の無の明るき闇のただ中で、今が今としてあり、また、ここをこことして生きうる。 逸脱終了。 今まで作ってきたものが少し溜まってきた。作ってばかりでは干す場所もなくなってしまうのでそろそろ焼きの準備に入る。 まずは検品だ。この作業はあまり好きではない。だが、ここで手を抜くと廃棄物を増やすことになるので丁寧にやらねばないるまい。この段階なら土に還して再利用できるが、焼いてしまったらそれもできない。 砂や極小の石が混じった土で引いたものは施釉もしていないのにピンホール状の陥没ができやすい。味と言えば味だが、欠陥と言えば欠陥だ。今の自分は消極的な創造の段階と考えている。つまり、まず欠点の少ないものを作れるようになること。まだ偉そうなことは言えないのだ。 そして、次は施釉計画を立てる。 ここがいつも悩みの種だ。悩んでいる内に窯の予約の日が近づい来る。今回はこの悪しきパターンから脱却したい。 不安の無の明るき闇・・・。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
マッサージ効果か、久しぶりにぐっすり眠れた!
さて、今日は小浜の漁師民宿でお昼の予約をした。こういうところでお昼だけ食べるのは初体験だ。 一体どんな料理がでるのだろう?楽しみだ。 結果はのちほど。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ さきほど小浜から帰ってきた。 小浜はお寺の町であった。今日一番の出来事は15、6人で列を作って歩く托鉢僧に出会ったことだ。色褪せた僧衣を風になびかせ、裸足に草鞋で足早に過ぎ去る姿のなんとりりしいことか。外国人僧侶がかなり混じっていたのに驚かされる。 だが、私の小浜行の目的はまったく方向違いの美味しい魚を食べることだから、勝手なものである。 今は蟹もふぐも季節ではないのでどんな刺身が出されるのかと思ったらひらめだった。しかし、こんなに美味しいひらめの刺身を食べたことはない。 ![]() 舟盛りにはアジ、サヨリ、ウニ、イカ、サザエ、アワビなどの刺身も乗っていたがひらめの美味に霞んでしまった。 宿からの景色もなかなかよかった。 ![]() ぜいたくと言えばぜいたくであったが、一年に一度くらいこれくらいのぜいたくをしても許されるだろう。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
からだがだるいので近くにマッサージをやっている治療院があることを知り、予約して揉んでもらった。
感想は、少しからだが楽になった・・・ような気がする・・・。 1時間弱のマッサージで4000円を妥当とすべきか否か判断に迷うところだ。酒を飲まないので飲みに行ったと考えればいいか。 将来は治療院を開こうとしている弟の話では同じような料金でも実力はピンからキリまであるそうだから、いくつかハシゴをしてみようか・・・。と言ってもそうしょっちゅうは懐具合から無理というものだが。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今日はThreeFields老師の教えを実践すべくホームプラザNFKで材料を買い込み、工房の結界作りに取り組んだ。
まずはどこに結界を張るか、という課題に取り組む。午前中はこれで終わる。 午後、ようやく見当がついたので作業に入る。私の嫌いな高所作業だ。閃輝暗点の連射以来、ずっと鈍痛がつづいているので脚立の上でくらくらして剣呑なこと限りない。まさに 剣呑、剣呑、蟹の横這いである。(ちなみに蟹も横這いとは、群馬の妙義山にある難所だ。)でも、這うと落ちるので止めておいたが・・・。 工房中を探し回り、拾い集めた針金類を使って天井から結界用の吊りものを設ける。私の工房はもと製陶所だったので地下(それとも一階?)の暗がりにいろいろなものが新たな使い手を待っているのだ。 さて、枠は出来たのであとはパネルに和紙を貼って、乾燥したら、それに筆で字に見えない字を書く作業が残される。 ![]() 乾燥後、ぱりっと和紙が伸びるかどうか、それがちょっと心配だ。 書く字を何にしようか。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
群馬からの帰り道、木曽路を下道で来たので、せっかくだから中津川で高速に乗るのではなく、加子母まで足を伸ばしてヒノキ材を見てみようと遠回りしてみた。
目当ては以前立ち寄ったモクモクセンターだ。 前回買ったヒノキ材はちょっと厚すぎたので今回はコテにちょうど良い厚みのものを探した。詰め放題の端材は小さすぎるものばかりでコテには使えそうになかったが、1mほどの長さの板で手頃なものがあった。 ![]() 二枚で〆て520円也。それに前に別な店で買ったケヤキの板なども数枚ある。コテ用の材木は当分間に合うだろう。 今日は久しぶりに貫入土で湯呑を引いた。3時間も経たないうちに削り頃になる素早さである。五斗蒔などに馴れているせいか、貫入土の削りは神経を使う。というか、神経の遣いどころが土によって違うと言うべきだろう。 早々と工房をあとにしてThreeFieldsさんの工房に立ち寄る。いつもきれいに片づいているのを見て冷や汗三斗である。 今日は簡単なパネルの作り方を教えてもらう。工房にも結界が必要なのだと説くThreeFieldさんはやはり美を肉眼で、しかと捉えられる達人であった。私は話としては理解できても、行動に移すまでからだに染みついた美の衝動を持っていない。 たしかに結界の内側では、時が濃く流れるのだ。舞台という結界(有鄰館の酒蔵!)は手で触れるほどに馴染んでいても、やきものとなるとまだ日常のリミナリティのかなたに揺れうごく風狂は遠い。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
桝塚味噌が切れそうなので買いに出掛けた。
群馬に帰ってもこの味噌は手放したくないと思い、聞いてみた。すると、味噌は地方地方の個性がもっとも生きる食材なので東海地区にしか卸していない、という。となると来年あたり、群馬に帰ってしまうとこの味噌を味わうことは出来ないのか、と一瞬思ったが、いや、送ってもらえばいいのだ、と気がついた。 お店のひとに言うと注文用のはがきを手渡してくれた。 その表紙に 無為自然。ありふれた、本物の味がある。とある。 そのことばを読んで静かな感銘を受けた。ありふれた、本物の味。自分がめざす器の姿がずばりと言い表されているではないか。 ありふれたもの、ありきたりのもの、というのは否定的な意味に取られがちだが、日常はありふれてこそ成り立っている。驚愕の毎日では神経が持つまい。 ありふれていながら、なおかつ、味わい深いものにこそ茶碗の魅力がある。ありふれていないものは様々な工芸展で見かけるのだが、それを日常で使えるのかといつもいぶかしく思う。作り手が斬新なものを狙って技を駆使しているのはもちろん素晴らしいことだと思う。また、茶の湯だったら日常ではなく、非日常の美が根幹になければならないことも分る。 でも、と私の中の臍曲がりが反論する。利休や桃山の先人たちが見つけた数々の茶碗はまさに、ありふれた、本物だったのではないか、と。 織部のような例外もあるだろうが、私自身はありふれたものをめざそうと思う。これは結構むずかしいことのように思う。でも、茶碗はありふれてこそ茶碗たり得るのだから、それ以外に道はない。私は味噌の道を行こう。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
久しぶりの更新だ。
さっき群馬から戻ってきた。今回の候補地めぐりは大きな収穫をもたらしてくれた。といってもまだ窯を据える場所が確定したわけではないが、かなりいい感触が得られた。最終決定までにまだまだ時間は掛かりそうだが期待したい。 ![]() 候補地をめぐりついでに足尾地区にあるいくつかの窯元も巡ってみようとFountainさんのWRXに乗せてもらってターボの音たくましく国道を走った。 足尾ではちょうど祭の真っ最中で4軒の窯元がテントを張っていた。足尾焼はどんな感じなのだろうと思っていたのだが、いちいち廻らずにいっぺんにいろいろ見られてしまった。瀬戸や美濃の感じとはまったく違うやきものだった。やはり地方によって大きな違いがあるものだ。 Fountainさんの知り合いの家で話を聞いた窯元のAutumnさんまで足を伸ばしてみた。 Autumnさんはそこを引っ越すのだという。工房を見せていただいている最中に0.5立米の灯油窯を指さし、欲しければあげますよ、と言われた。飛び上がるほどうれしい申し出だ。もちろん即答だ。Fountainさんは窯をつり上げる機材のついたトラック(名前を聞いたのだが忘れてしまった)があるから運んであげると言ってくれた。 初めてたずねた窯で驚きの収穫である。 しかも、Autumnさんは演劇をやっている、という。奥様はシェイクスピアが大好きだという。話がどんどん盛り上がってしまった。 翌る日、Fountainは旧車レースの応援に筑波サーキットへ行くことになっていたので、私ひとりでAutumnさんの窯を再訪した。一度話しただけでは物足りなかったので、もう少し話したかった。 またまた演劇の話で盛り上がってあっという間に2時間経ってしまった。 人と人との出会いというのは不思議なものだ。誰も出会おうとして出会うわけではない。『夏の夜の夢』のヒポリタではないが something of great constancy(何か大きな力)が働いているようにも思える。 Fountainさんは夜遅く、興奮した面持ちでサーキットから戻ってきた。瀬戸に帰る前に今後のことをじっくり話し合った。 でも、そのあおりで妻有のPondちゃんを訪問できなくなってしまった。Pondちゃん、ごめん。この次に必ず行くからね。 今日は連休最後の日で大渋滞かと恐れたが下道は渋滞知らずで帰ってこられた。でも、朝6時15分に出て瀬戸に着いたのが5時半だったが・・・。途中で奈良井宿に寄り道したりもしたが。 ![]() ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ しかし、更新していないとランキングがあっという間に下落する。重力の法則か?
今日は7時台に出勤。
異例の早さだが、わけがある。 昨日の午後作った柿の蔕茶碗を削るためだ。夜どの位、乾燥が進むのか不安だったので念のためにタオルを掛けて昨夜は帰った。 行ってみるとまさに削り頃だ。 柿の蔕茶碗は高台がよく分らない。井戸のように兜巾、竹の節と約束があれば(約束通りにできるかどうかは別として)削りやすいのだが・・・。 でも、写真で見る限りやんわりとした兜巾のようだ。高台の外側もやんわりと渦巻き状の竹の節になっているように見える。 こういうのが難しい。きっちり削るのももちろん難しいのだが、コツを修得すれば何とかこなせる。だが、やんわりと、とか、それらしい風情で、などは作り手の技というより美的感性が試されるので、こういう手のワザは常に永遠の課題となる。 だからやりがいがある、とも言えるのだが、削りはあっという間に終わってしまい、やり直しはきかないので、熟達するにはかなりの数をこなすしかない。 やっているうちに削り道具の問題点がちらりと見えたので新しいのを作った。 新しい道具が出来るとすぐに使いたくなるのが人情だ。朝、引いておけば夕方には削れる、という寸法だ。今回はダンゴゴテを使ってみた。最後に段を入れるために指も使うので心配だったのっぺりした見込にはならなかった。 夕方、新しい道具を試してみたが今のところ改良されたのかどうか、よく分らない。もう少し削ってみないと結果は出そうもない。 今日は閃輝暗点のはしごだ。二度も起こった。どちらもすぐに収まったのが気持ちいいものではない。 明日からはまた群馬だ。とてもよい窯の候補地があることを知人が知らせてくれたので見に行く。以前からよく通った場所だ。それほど高いない山を両側に抱えた川沿いの村だ。雰囲気は久々利のようでもある。 それが連休の楽しみだ。 ![]() ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
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